【挑戦】代償とその先にある得るモノ

TRIP SPORTS THOUGHT

挑戦の代償と得るもの

 

僕の心の奥底にあるずっと変わらないもの。

「やってみなけりゃわからない」

 

今日は、僕が少し変わっていることを前提に挑戦の代償とその先にある得るモノについて書いてみた。

 

僕の体験をベースにした話であるがゆえ、とてもつまらないものになるかもしれないし、

 

一歩が踏み込めないあなたにとっては非常に価値あるものとなるかもしれない。

 

まず、僕のプロフィールガチの僕を見てください。

 

 

僕は、やらずに諦めることが大嫌い。大嫌いというより、そうすることは有り得ない。

 

ソレは、僕の心の奥底にある「やってみなけりゃわからない」という考え方があるから。

 

一般的に見て無理でしょ、とかそんなことは一切関係なく、自分がどう納得するかそこが僕の行動の価値基準。ソレが一番大事だと思っている。本気で。

 

高嶺の花に告白してみたことある?

下手なのにプロを目指したことがある?

無理そうなことに本気でチャレンジしたことがある?

 

 

若い頃の話だと、よくある告白。

 

学校で一番可愛い子に告白してみるとか、絶対無理って言われている子に声かけてみるとか、したいと思っても実際にする人はほぼいない。

 

だってそうでしょ。一般的に見て無理でしょ、考えているから。

 

大学卒業してから、南米に2年半もプロを目指して飛び込んでみようと思う?

 

しないでしょ、普通。

 

そのために昼夜問わず必死でバイトして、ジム行ってトレーニングして、自主練して、毎日のように10キロ以上走ったりしないでしょ。

 

だって、そうでしょ。一般的に見て無理そうだから。

 

けど、ソレをすると、まず、普通じゃ無くなるんだよ。

 

経歴とか話すと、大体の人が「凄いね!」とか「よくそんなことできるね!」とか言うんだよね。別に僕からしたら当たり前だけど。

 

コレも人によってはメリットなんじゃない。経歴が面白いとか珍しいって言うだけで、興味持たれたりすること自体は良くあるでしょ。

 

挑戦の代償と得るもの

 

今日の話はコレね。

 

「挑戦する=成功したい」そのためにやっているわけだけど、当然毎回ソレが叶うわけじゃない。ここマジで大事ね。

 

毎回叶うわけじゃない。可能性としては低い、或いはゼロに近い。コレって裏を返せば、可能性はある、ってこと。ここが僕の行動の原動力。

 

「やってみなけりゃわからない」ってことね。可能性は低くてもゼロじゃない。

 

大抵の人は可能性が高いもの、少なからず自分にとっていけそうなもの、そこだったら挑戦するかもしれない。

 

可能性だけを天秤にかけて、やるかやらないか、挑戦する価値があるかどうかソレを判断する基準にしては勿体無い。

 

そもそも挑戦するって決めるだけで凄いこと。そこに付随する行動が伴ってくると、たったソレだけで周りと比べて半歩先。

 

さらに、その行動が続いて、実際にそのフィールドに飛び込んだら一歩先。

 

”先の見えないトンネル”に入っていく勇気。

 

そのトンネルの道中・トンネルの先にあるものは、あなたにとっての未知体験・成長の道ってこと。

 

そのフィールドに立っているということは、あなたは一つ壁を超えたということと同じ。そしてそこからの未知体験があなたをどんどん大きく成長させる。

 

 

僕は、南米に2年半いた。下手なのにプロになりたくて、挑戦したんだよね。

 

行った当初、結構強いチームだったんだけど、練習の時の評価が高くて、

 

1ヶ月後に迫っていた開幕に間に合うように1軍登録を進めろって。ソレで急いで進めて、登録できる体制は整ったんだよね。

 

で、そんな中でのある日の紅白戦。まあ、言ったらレギュラーの奪い合いだからマジ。

 

その時は、ただのジャパニーズなわけだから、とにかく結果で証明したかったんだよね。だから、点を取ることに執着していた。結果から言えば、紅白戦で1点を取った。

 

ソレで有頂天になっていたんだけど、実はその時の紅白戦がキッカケで2軍確定。

 

「え?なんでよ…。」みたいな話なんだけど、コーチや監督の目にはチームプレーを考えずに、個人の結果に走ったプレーをした、という捉え方をされてみたい。確かにその通りだった。

 

この時に、評価っていうのは一瞬で決まって、しかもその印象はなかなか覆せない。結局その後、1軍登録はされずにシーズンを終えた。

 

有頂天からドン底。調子に乗っていた自分がばかみたいだった。自己評価ってなんにも意味を持たない。

 

評価は他人がするもので、一度ついた印象をひっくり返すのはそうそう簡単じゃない。

 

その出来事を通して、今まではなかったレギュラーじゃないチームでサッカーを続けるということの大変さや精神的な辛さを体験できた。

 

 

そもそも海外に抵抗がない

 

僕は、海外に行くことに抵抗がない。言葉が流暢なわけでもないんだけど、怖いとか、不安とかということはない。

 

「まあ、どうにかなるでしょ。」超適当。でも適当に到るまでにはプロセスがある。そのプロセス、振り返ればソレも挑戦がスタート。

 

挑戦とかいうと、仰々しいけど、好奇心とか興味があることを実際にやってみるということの方がしっくりくるかな。

 

コレって結構ノリとか勢いが大事で、やってみたらイケた、なんて経験はあるでしょ。

 

僕の初海外は16歳。高校での語学留学。仲の良い同級生が行くと名乗りをあげたから。そこに便乗して手を挙げてみた。結果的には人数が定員超えてジャンケン。

 

友達は負けて、僕は勝った 笑。このノリで手を挙げた語学留学が海外にビビらないキッカケになった。

 

この留学で、話しせないのにホームステイとか、地図を持たずに出かけてマジで困るとか、深夜に帰ってホームステイ先のおばちゃんに心配されて、本気で怒られるとか、そんな体験もした。

 

そういうことの全てが今の僕を作っている。

 

挑戦の代償と得るもの

 

挑戦の代償、あるとすれば、取り組んだことの成功は保証されてはいない。

 

その点だけを見ると、時間やそこにかけた労力が無駄だったのではないかと捉えてしまう人もいるというだけ。そう、だだそれだけ。

 

想定外のことが起きたり、苦労して対応したり、時には苦しんだり、逆に嬉しいことがあったり、乗り越えられたり、そういった体験が一番大事なんだよ。

 

年齢をただ重ねていって、敷かれた社会のレールに乗って、自分らしさのかけらもなく、一般的にみたら無理でしょ、という価値基準で動いていたら、それだけで大きな損をしている。

 

得られるモノが見える物ではなくて体験とか、気持ちの変化とか見えないものだから少しわかりづらいのかもしれないけど、

 

海外経験者に聞いてみな。行って損したことはありますか?って。

 

まとめると、挑戦の代償、あるとすれば、取り組んだことの成功は保証されてはいない。

 

その点だけを見ると、時間やそこにかけた労力が無駄だったのではないかと捉えてしまう人もいる

というだけ。そう、だだそれだけ。

 

想定外のことが起きたり、苦労したり、思わぬ出会いがあったり、壁を乗り越えられたり、得られるモノが、目に見える物ではなくて体験とか、気持ちの変化とか見えないものだから少しわかりづらいのかもしれないけど、そういった体験が一番大事なんだよ。

 

まあ堅いことは抜きにして、とりあえず、一緒にウルグアイにアイスでも食べに行く?